2008年6月29日
<駅前留学>を謳い文句に外国語教室など業界NO1、を誇っていたNOVAの前社長がついに逮捕されたというニュースが流れました。
100坪もある秘密の豪華社長室にはサウナやダブルベッドまであったとか。。
昨今、飛騨牛偽装会社の摘発などまだまだ大手企業の不正がひっきりなしに暴かれているようですが、一時はこの人たちも飛ぶ鳥を落とす勢いで業界に君臨していた人たちばかりのようです。
経営者にとって(決して経営者だけではないはずですが)「人生最大の病は傲慢なり」と言った人がいます。
どうやらほとんどの凡人はちょっと事業が順調に進むと、それこそ調子に乗る、傲慢病に掛かりやすく出来ているようです。それはもしかしたら神様がもう一段上のランクに引き上げるためにふるいにかけているのかも知れません。私達は神様に試されているんだ、と考えてはどうでしょうか。
私などもその典型的なお調子者の性格です。貧乏で育った人は誰でもそうでしょうが、最初のうちは「親に楽をさせてやりたい」という利他心、善の心から始まるのですが、そのうち、「立派な家を建てたい」とか「大きな車に乗りたい」などと、、始めは自分以外の人を喜ばせることを目標にしていたのに、そのうちだんだん自分のことばかりを考えるようになって行ってしまうようです。
ましてもその欲望にはきりが無いようですから、それがまた問題です。
その傲慢さをどうやって、切り抜け、反省するのか。。
謙虚さが大切だと言われます。
私の尊敬する偉大な経営者である稲盛和夫塾長は「常に謙虚でありなさい。」 「良いことを思い良いことをしなさい。」と仰られます。
当たり前のことなのに普通の人には、この当たり前のことがなかなか難しいのですね。
最近私は、つまるところ人が己の人格を磨いていくには、「自分の欲望と戦うことの連続」では無いかと思うようになって来ました。そして多少のええカッコしい的な事をも「善は堂々となすべき」と胸を張って実践すること。この二つではないかと。
起業して自分が上へ登ることを念頭にやってきて、ほんの最近まで大きな外車を乗り回し、恐らく傲慢な態度で運転していた自分がいます。
1年以上前にその車を売り飛ばし、ちいさな中古車に買換え、差額で近隣の学校の図書室に本を寄付させてもらいました。
そういうことをしてみて、初めて気付いたこと。。。実に清々しくて気持ち良い、それに社員のみんなもなんとなく、自分達の会社に誇りを持ってくれ始めたような。。
中には礼状をくださった学校も有ります。
今、私の机にはイスを置いていません。仲間の経営者の謙虚さに感服し、早速自分も実践する気になったのです。
「店舗で働いている社員達はずっと店内で立って接客しているんだなぁ。」と改めて気付かされました。。。
数年前までは広い個室の社長室にふんぞり返っていたような気がします。決して自分では偉そうにしようと思っていたわけでは有りませんが、他人からはそう見えていたかもしれません。
その部屋は今、応接専用です。
人は、欲しいものがある時、怠けたい時、たくさん食べたい時、遊びたい時、そういう欲望とハッキリと対峙して戦わなければならないときがあるようです。
この1年半で10キロ痩せました。勿論運動も大切にしていますが、それよりも私にとって一番効果的だったのは、やはり食べたいもの、食べたい時を我慢できた時でした。
皆さんそうでしょうが20年以上前にタバコを止めた時もやはり我慢でした。
なんだかこういうことを書いていると、「オレはこのくらいやっているぞ」と、自慢げに聞こえるかもしれませんがもそうではありません。こういうところに書くことで、あとでまた違ったことをしていたら恥ずかしい、有言して、自分に足かせをつけるつもりでいるんです。自分が自分に甘いことを良く知っているので。。。
ジェームスアレンの「原因と結果の法則」という本にあるように、そのような結果が生まれる行動をしていればこそ、当たり前ですがそのような結果が表れるわけですよね。
苦労や我慢をしないで楽して良いおもいをしようというのは、大変にあつかましい、おこがましい事だと皆が気付くべきですよね。
必ず、明るく善い結果となるような行動を心がければ善いのですね。
人の欲望にはきりが無い、しかし同時にその欲望は「人の為に善いことをする、人を喜ばせる」という欲望という使い方をしても同じようにきりが無いようです。
どうせ同じであれば後者のような欲望の使い方の方が気持ちが良いですね。
また、謙虚さと同時に、正・不正についても自己に厳しくあるべきだと思います。
戒律。戒と律。。
あるお坊さんから聞いた話です。
「<律>とは法律、守らなくては罰せられること。」例えば経営者で言えば脱税や特別背任などがそうですね。言うなれば守って当たり前のこと。
一方「<戒>とは戒め。」
要するに守らなくても罰せられることは無い、自分に対する法律とでも言いましょうか。
自分に対して<戒>を多く作り、それを守っていくことの出来る人が人格者、少しずつそれを修行することで磨かれていくのだということです。
冒頭に書いたような最近の偽装問題に関して思うことですが、当然企業ですから、<売上を最大に経費を最小に>で、利益を大きく出す努力をするのですが、まずその大前提として「正しくまっすぐな方法で」というのが抜けていたのでしょう。自分を戒めることが出来なかったことからこのような問題に発展してしまったようです。
これが、いの一番にあれば、そして社長が日頃から社員に説いていれば、それが自分に対するブレーキともなり、また社員に浸透することで空気のきれいな社風が作れたのに、と思うと残念なことですね。
私は正しい経営、という気持ちだけはいつ何があっても決して忘れることの無いようにしたいと思います。