本当の役割の意味。2007年12月16日長崎佐世保のスイミングスクールで、またやりきれない事件が発生してしまいました。まったく何の罪もない女性や小さな子供たちまでが巻き添えを食うという銃乱射事件です。この犯人はそのまま自殺したそうですが、私には他にも許されざるべき立場の人たちがいると思います。 報道によると、この犯人は、相当前から挙動に問題があり近所の人たちもいつかこんなことがあるのではないかとの危惧もあり、ある会社役員の方は銃を保持させていることに大変な心配をし、警察関係者数名に問題を相談していたと言うのです。何年も前から、です。これを警察では単に「対応しますから」の言葉で放置、中には「答える筋合いはない」など言い放ったものもいたというのです。言語道断です。 数年前からの市民の相談に真剣に向き合わず、結果として殺人事件が起きてしまったにも関わらず「適切な処置」だったと言うのです。 これが現在日本の警察官達の多くの見解だとしたらやり切れません。完全に役人根性と言うか責任逃れとした言いようがありません。 私も同じような経験をしたことが何度もあります。 恐らく今回の事件でも、相談をしていた方たちを始め、殺された人たちのご家族の心情は、憎き犯人だけでなく、警察にも大変な恨みと情けなさを感じていると思います。 どうして悲劇が起こらないように考えないのでしょうか。もちろん不可抗力は世の常でありますが、今回の事件のように何年も前から危惧されており、相談を受けている事案について何の対策もとらず放置していた事実は許されるべきではなく、「適切な処理だった」という答えに「ああそうですか」と終わらせては絶対にならない。 |
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