会社概要
経営理念
会社沿革
経営者コラム
事業内容
採用情報
お問合せ
トップページ

花を植えています

2005年1月

2005年1月14日

いつも心にゆとりを持って。

人はだれもがそれぞれ大なり小なり悩みや心配ごとを持っていると思います。

悩みや心配事という大げさなことだけではなく、ほんの小さなこと、例えばあわただしく急いでいるときなどでも、ややもすると目の前の問題に心のすべてを奪われまったく余裕がなくなっていることがあります。

よく街を歩いていて、歩行者や車に乗っている人から道を尋ねられることがあります。
あいにく知らないところであれば、お詫びして「良くわかりません」と答えますし、知っているところであれば詳しく説明しています。

その時々の相手によって反応はいろいろですね。
説明が終わるとろくにこちらの顔もみないで「あっ、そう」って感じでサッサとそちらに歩いていってしまう人。または最後まで「どうもありがとうございました。」と丁寧に頭を下げて行ってくれる人。

根本では前者も後者もその方々が持ち合わせている常識にさほどの差異は無いのではないかと思うのです。
では何が違うのかというとまさに「心の余裕と意識」ではないでしょうか、前者のような人も他人に何かを助けてもらえばお礼を言うのは当然である、ということは知っているはずなのです。でも例えば急いでいて、今、目の前にある事実だけで頭の中と心が一杯になっており、「ありがとう」の言葉を忘れてしまっているのでしょう。
ここであえて余裕だけでなく「意識」と書いたのは余裕は、「そうあろう」「そうありたい」という意識を常に持つことで可能だと思うからです。

私自身も自分に言い聞かせるつもりもあって書いているのです。

常に明るく余裕を持っていたいですね。


2005年1月10日

今年も荒れた成人式。 

全体としては昨年までよりも少し減ったらしいですが、それでも青森市、八王子市、宇治市、那覇市などの成人式で、式典中に壇上で踊りだしたり取っ組み合いを始めたり、または酔っ払って他人に迷惑をかけ倒したバカがいたそうですね。やはり今年も結構いました。
まったく何を考えているのか、それを聞いた親はどんな態度を取るのか、見てみたいもんです。

私はこういうことがあるとよく思うのです。そういうバカどもを制止する側の人間にどうして屈強な、怖そうなプロレスラーのような職員(いなかったら外注ででも)を5〜6人待機させておかないのかなぁ、と。
だいたいあーいうやつらは、相手が何もしないと思うからつけあがるのであって、相手が怖そうな人だととたんに「シュン」とするものです。

こういうガキどもを増やしたのも親の教育の甘さと学校でのほんの少しの体罰に鬼のように目くじらを吊り上げるPTAなどの責任だと思いますよ。
しまいにゃ問題にされるのが怖いので事なかれ主義の、ヘタしたら子供たちにご機嫌取ったりの人気取り先生たちばかりになってくる。
学校に行って驚くのは、まず先生と敬語で話しをしている生徒のなんと少ないことか、完全に友達同士、時には命令調でしゃべっていることもあります。親にもそうです。それを先生や親たちは当たり前のように何もたしなめずヘラヘラしている場面にものすごく多くお目にかかることです。

私も子供の学校のPTAの会長を経験したことがあるのですが、私の場合見るに耐えない時はよく子供だけでなく先生にも注意したので、お母さんたちや先生たちにずいぶん嫌われていたものです。

こういうガキが大人になって、そのうち年寄りになっていくんですから・・・。

某有名占い師ではないけれど私は予言します。
そう遠くない将来の日本ではルールを守らない年寄りや老人の犯罪者が爆発的に増えていくと思いますよ。
それを考えるとそんな日本にゃ住みたくないね。

コラッ、TVタックルなどで時代劇の真似したりしてタレント気取りで名前ばっかし売ってる政治家と名乗っている者たちよ。

よーく考えなさいよ、こんな日本を真剣に変えて行く気概のある「ちーっとは役に立つ「本物」の政治家」はいないのか!!


2005年1月 4日

今、日本中で一番の怖いものなしは? 

今の日本で一番の実力者、怖いものなしの人物は誰でしょう?

私は○星占術のH木K子女史ではないかと思っています。テレビをつければ毎週各局が争うように女史中心の番組を作り芸能人始め相談者をメッタ斬り、正月の三が日も毎日出てきて「大殺界」とやらの恐ろしさを説いておられました。

私は昔から「目に見えないもの、形の無いものが一番値段が高い、カネがかかる。」という考え方を持っています。
そこに目をつけているのがまさにエセ宗教家や霊感商法だと思うのですがある意味では占いもそうでしょう。

少々乱暴な言い方ですが「脅かせば金になる」 一度ガタンと落としておいて、「こうすればいいのよ」という具合にフォローする。
腕のいい商売人とも言えるでしょう。
私は占い師というのは心のカウンセラー位に思って相談する程度に考えるべきだと思っています。

女史の場合、十代のころから銀座で海千山千の人間を相手に商売をし成功を収め、また今の年齢に至るまでそれこそ他人の何倍も勉強をし相当の人生経験を積んでいますから言葉に説得力がある、言っていることはとてもまともで頷けることばかりです。

でも、だからこそみんなが何でも信じてしまうという落とし穴があるような気がします。
人生の教えと占いや予言は別物であるはずで。
なんでも落語家の林家こ○平が今年襲名披露をするらしい。でも彼の今年は「大殺界」で絶対にダメだ、と。
でもすべてスケジュールが決まっていて日取りまで決定している、さてどうすれば言いか、普段「大殺界を逃れる手立ては無い」と断言しているはずの女史曰く「先代のお墓に行ってキチンと報告をして・・・。」・・・・・?
なんだこれ、もうすでに決まっている場合は逃れる方法があるの?それとも有名芸能人だからなんとしても救いたいの?
それよりも一番疑問に思ったのは、「占いや予言」とご先祖を奉る、とか親を大切にするなどの「人としての道」とはまったく別のものであり、自分の占術と絡めること自体不自然なのです。後者は当たり前のことでありそれを「大殺界逃れ」の方法と考えるのは無理というものです。
最終的に方法がなくなったら自分の占い上では普段の言動から救えないことははっきりしているので、それでは、と「人としての道」に逃げ込むようなコメントしているとしか思えないのです。

私も女史の言うように、人には、いや私は万物にバイオリズムがあり人生も波打ち続けているのだという考え方です。「まさに禍福はあざなえる縄の如し」なのです。
(昔の人は本当に真理を突いた言葉を多く残している。)

しかしながら占いのように「この星の人はこうでこの星の人は・・」と十把一からげにはとても考えられません。統計学らしいですから百歩譲って、もしかしたら少ーしだけ傾向くらいはあるのかもしれませんけどね。

今、あまりにも殺伐とした事件が連続し何かに頼りたくなる時代ですが、やはり大切なのは「人の道」であり一人ひとりがこれを守り続けていくことが何よりも大事なことだと思っています。

私も何か目に見えない不思議な力のような存在は信じるほうです。でもそれによって、それらの力を利用してカネにするものは信用しません。

人によってこれはある意味恥ずかしいことなのかどうかわかりませんが家を建てたときも事務所を建てたときも店のオープンのときも神主さんを呼んで地鎮祭などのセレモニーはやったことがありません。
ただ「正しく生きよう」と思うだけです。

前記したように占いはカウンセリングだと思います。道について相談するのは良いことだと思いますが、信じ込みすぎてドツボにはまらないことです。

今年は新しいプロジェクトが二つ始まることがすでに決定していて、さらに夏くらいまでにはもうひとつ決める予定です。
そしてこの18日からは新本社ビルの建築が始まります。
とても気合が入っています。

ちなみに調べてくれた人によると私は今「大殺界」だそうですよ。ヒェー!!


2005年1月 4日

2005年を迎えて

新年明けましておめでとうございます。

年末に少し天気が荒れましたが、新年を迎えると同時に素晴らしく穏やかな元日となりました。

この天気のように世の中が平和で穏やかな2005年という年になって欲しいと心から思います。